その男は、幕府や宮中に仕える御用絵師の一族でも、まして市井の庶民でもなかった。
 本来ならば自らが絵師を召抱える高貴の家に生まれながら、彼は上流人の手遊びや嗜みの域を越えて深く雅を愛し、やがては身分や地位にすら惜しげもなく背を向けて、その後半生を画業に捧げ尽くした。
 大胆豪奢できらびやかな光琳の世界に魅了されながらも、いつしか彼自身は光琳とは全く趣を異にする繊細優美な筆致で、典雅な四季の花鳥風月を詩情豊かに描き出す。その優婉で気品ある瀟洒な作風は、大名たちや江戸の庶民に愛され親しまれた。
 黄昏の江戸の賑わいに一時立ち現れた、遥かな平安の王朝文化の幻のように、あるいは琳派の華麗な黄金の輝きに彩られた夢の中に、一筋差し込んで消え失せた淡い銀の月光のように、描かれた世界は薫り高い品格をたたえつつも、時折どこかはかなく透明な輝きを帯びたひそやかな哀愁と幽玄に満ちている。
 自由に雅やかにそして孤高に生き、さながら一陣の秋の涼風のように、暮れ行く江戸の世を通り過ぎていった一人の絵師。

 その男の名を、酒井抱一さかいほういつと言う。

銀色の夢 銀色の追憶

〜 江戸琳派の絵師、酒井抱一を追う 〜
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2013年、ファインバーグ・コレクション展江戸東京博物館、5月21日〜7月15日)開催!
抱一の「十二ヶ月花鳥図」が出展します。
MIHO MUSEUM鳥取県立博物館にも巡回)